【闘病記録 第2話】二日酔いかと思ったら即緊急搬送。押し寄せる検査と「ポタコール」に繋がれた日

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翌日、少し回復した為、自力で病院へ行き外来受付に並び順番を待つ。

外来の看護婦さんが状態を確認し、順番を飛ばし問診を受け入院が決定する。

「お酒はのまれますか?・・・・」

暗い検査室でかけられたその言葉を最後に、私の記憶はプツリと途絶えました。

前日の夕方、近所の坂道で血を吐いて倒れ、命からがら自宅へ帰り着いた私。 明けた土曜日の朝、猛烈な立ちくらみと貧血で立っていることすらできず、私は愛車のマウンテンバイクを押して某第2病院へ駆け込みました。

しかし、手元には保険証すらありません(会社の引き出しに忘れてきたのです)。 極限の状態で連絡を受けた彼女(現在の妻)が飛んできてくれ、その顔を見た瞬間、ホッと胸を撫でおろしました。

「大問題になるまで頑張ってしまう pig-headed(猪突猛進)な性格が直っていない……」 自分の愚かさを噛み締めながら、設備のある第1病院へ緊急移動となりました。

はじめての緊急胃カメラと「バッテリー切れ」

第1病院の総合受付と外科受付を間違えて待たされるという失敗を重ねつつ、ようやく私の順番が巡ってきました。

待っていたのは、人生初の緊急胃カメラです。 喉に麻酔を含んでじっと耐えること5分。 診察台に乗せられ、マウスピースをはめられ、肩に注射が打たれる。

「口からヌルリとカメラが入ってくる……」と思った次の瞬間には、私の意識は途絶えていました。 麻酔の効きが強かったのか、あるいは体が限界を迎えていたのか、問診で何を話し、何を聞かれたのかさえ全く覚えていません。

ふと気がつくと、私は見知らぬ病室のベッドの上にいました。 手元からは「ポタコール(点滴)」のチューブが伸びています。

まるでスマホの充電コードのように伸びる点滴チューブを見つめながら、 「これがなくなるまでは病人気分だな……まさにバッテリー切れだ」 と、どこか他人事のように思っていました。

地獄の「下剤2リットル」と過酷な検査ラッシュ

入院初日こそ「これで仕事から解放されて休める」という妙な安心感があったものの、週が明けると怒涛の検査ラッシュが始まりました。

CT検査。

採血

バリウム検査

夕食に離乳食のようなポタージュやお米のとぎ汁のようなスープを出されたかと思えば、夕方には強烈な酸味と甘辛さを持つ下剤「マグコール」を飲まされ、夜中に何度もトイレへ駆け込む羽目に。

極めつけは、大腸内視鏡検査前の「2リットルの下剤」です。※ 画像はなぜか?3L??

大きなビニルボトルに入った下剤を2時間かけて飲み干し、腸がひっくり返るような排便の苦しみに耐え続けた時間は、まさに拷問のようでした。そして大腸検査、穴開きパンツ・・・初めての尽くしです。

見舞い客の温もりに救われた束の間の平和

そんな過酷な検査漬けの日々の中で、唯一の救いは「人の温もり」でした。

仕事でお世話になっているS建設のTさんとSさんコンビが、ちょっと強面な雰囲気を漂わせながらお見舞いに駆けつけてくれたり、職場のSくんが名物の「うなぎパイ」を届けてくれたり。 久々に外の空気を運んできてくれる仲間たちの存在が、頑なになっていた私の心を解きほぐしてくれました。

そして、連絡もなしに病室のドアを開けて入ってきた、遠方の実家にいるはずの親父の姿。 「姉さん(私の叔母)に言われて飛んできた」と不器用に笑う親父の顔を見たときは、申し訳なさと同時に、心底ホッとしたのを覚えています。

ただ後日知ったのですが、父はこの時には担当医師から病状を聞いており、私には隠していたとの事。。いまだ子供扱い。。

何より、仕事を調整して毎日そばに寄り添ってくれた彼女の存在が、最大の薬でした。

「とっととこのノドのつかえ(胃潰瘍)を治して、また元の忙しい日常に戻ろう」

仲間や家族の笑顔に囲まれながら、私は本気でそう信じていました。 この時、医師たちの裏で「ある重大な事実」が自分に隠されていることなど、知る由もなかったのです——。

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